新しい扉とチョコレート


「あ〜、もうヨシくんかっこいいぃーっ」

両の手で口元を隠してわたしは叫ぶ。
友人たちは呆れたような目線をわたしに送った。

「やー。まりんの趣味ってわっかんないな」
「ほんと。木村とかも絶対まりんのこと好きなのにね」

「えー、わたし年上がいいもん。同い年なんて子どもじゃん」

わたしは包容力のある年上が好き。
少なくとも大学生くらいは年上じゃなきゃいやだ。

篠原まりん。
中3。
わたしは今、恋をしている。

「いやでも吉田だよ?」
「大卒新任2年目とかだっけ。ウチのガッコの先生の中では若いけど」

わたしの恋の相手は理科の吉田せんせい。
ウチのクラスの副担。
たった今、担任の代わりにホームルームを終えたところ。
そしてその余韻にひたっているのが今。

「暗くない?無口だし怖い」
「ね。冷たそう」

「そんなことないよ!クールって言うんだよ!!」

「あー、わかったわかった。でも先生なんて無理だからね。まともな恋愛しな?」
「そうそう。まりん、吉田にめっちゃ警戒されてんじゃん」
「わかる、見てておもしろいくらい」

ちなみにわたしの好意はバレバレ。
せんせいに好き好き態度を向けているところをオツボネ先生に見られて以来、
これでもかと露骨に避けられている。
むしろ迷惑そうな表情をされる。

…切ない。


「わたしっ、バレンタイン、がんばるから!!」





決意をして宣言をして。
気合を入れた手作りチョコを携えて。
いざ、実戦!

バレンタイン当日。
昼休み。

せんせいがいつもこっそり引きこもっている理科準備室へ突撃する。


「せぇーんせっ」

わたしはその扉をノックして、返事を待たずに中へ飛び込む。
うん。
入室許可の返事なんて一生返って来ないもんね。

せんせいは陽の当たる窓際に丸椅子を寄せて、
狭い台を机代わりにして食後のティータイムを迎えていたようだ。
その手にはスマホ。
ゲームの画面がちらりと見えた。

せんせいはわたしの顔を見てうんざりしたような顔になる。

「……何か用ですか?」

相変わらず素っ気ない塩対応。
でもめげない。

「やん、先生に会いに来たんだよ」

吉田せんせい。
ヨシくん。

色白でほっそりした顔に一重の切れ長の目。
メガネで冷たそうな印象になってるけど、笑ったら可愛いの。
その笑顔に一目惚れした。

でもせんせいはわたしに冷たい。

「それは用に入りません。用がないなら来てはいけないと言ったよね」
「えー、覚えてない」

口を尖らせて答える。
この仕草はかわいいはず。

「……篠原」

呆れたような声になった。
わたしの攻撃は効かなかった。

「だってぇ」

「来るなら複数で。君とは二人っきりになりません。さ、帰って」

あぁ。
前にオツボネに見られたのが引いてる。
あの後いろいろ言われたのかな。

せんせいは帰れとドアを指し示す。
わたしは動かない。
今日は頑張るって決めたもん。


「せんせ、わたしのこと、嫌い?」

悲し気に目を伏せて訊いてみた。
これも絶対かわいいはず。
鏡の前で研究したもん。


「…嫌いじゃないけど、恋愛感情はありません」

せんせいはきっぱりと答えた。
むむ。
この攻撃も効かないとは手強い。


「ちぇ。つれないなー。わたしがこうまで言ってるのに」

わたしモテるんだよ。
可愛いんだからね!
ねぇ、わかってる??


「ねぇ、せんせ。今日、なんの日か知ってる?」

今日。
2月14日。
勝負の日。

せんせいは黙り込む。

「バレンタインだよ?せんせ」

わたしは小首を傾げてみせた。
長い髪がそれに合わせてサラリと流れる。
これは効くよね?

「わたしの気持ち、受け取って」

わたしは気持ちを込めて作ったチョコの包みを差し出す。
ほんとにほんとにがんばったの。
生チョコレート入りのトリュフだよ?

でもせんせいはそれはそれは深い溜息を吐いた。
それから間を空けて言った。

「…学校に不要物の持ち込みは禁止」

ええぇ。

「ひどい。不要物なんて言わないでよ、わたしの愛だよ」

がんばったんだよ!
ママにも呆れられるくらいに徹夜した。



「篠原、校則違反」

せんせいはつれない。

「えー」
「えーじゃない。仕置きするから反省しなさい」

ん。
せんせい。
なんて言った?

「え?なに?お仕置き?えっちなこと?」

マンガでよく見る。
お仕置きって言われてべったべたに可愛がられる主人公。
あれのこと?

「馬鹿じゃねぇの。お前みたいなガキ相手に勃つかよ」

ぼそりと呟かれた。
それは先生じゃなくて、二十代の男の子の声だった。

「え、せんせ、それ素?……かっこいい!」

やだ。
友だちの前ではそんななのかな??

「…そんな事、言えなくしてやるから」

え?

首を傾げたら、腕を掴まれた。
引っ張られて身体の重心が下へ向く。
ほとんど同時に腰元を抱きかかえられた。

気が付いたら、わたしはせんせいの膝の上にうつ伏せになってた。
急な体勢の変化に戸惑う。
きゃあ、と意図せず可愛い声が出た。

「…せ、せんせっ?」

なになに??
わたしは首を捻ってせんせいを見上げる。

「暴れんな。落ちるぞ」

足が床につかない。
不安定な体勢が怖くてしょうがない。

「え、なに?なに??」

なにこれ。
やだやだ!
お腹が圧迫されて苦しい。

「…仕置き。学校に不要物を持ち込んだ罰を受けなさい」

え。
おしおき?
せんせいの声が上から降ってきて、それからお尻に衝撃が走った。

パーン!
びっくりするような音がして、痛みが遅れてきた。

「きゃあっ、い、痛い!」

思わず叫んで、すぐにもう一度、音が弾ける。

パーン!
お尻がじんと痛んだ。

「や、やだ、せんせっ!は、恥ずかしいよ」

え。
ええ?
わたし今、お尻叩かれてる?

「そうだな。小さい子どもにする仕置きだよな」

パン、パン、パン!
せんせいはそう言いながらお尻を叩き続ける。
結構いたい。
冗談にならない。

「やだやだやだ、痛い!せんせ」

叩くたびにスカートめくれてない?
パンツ見えない?
今日どんなのだっけ??

やだ、痛い。
やだ、こわい。
恥ずかしい!


「せんせぇ…、いたい…っ、おしり、痛い」

右のお尻を打たれて、次は左。
それから真ん中。
繰り返されて、痛みがじんじんと駆ける。

やだやだ、痛い!
痛くて逃げようと身体を動かせば、その分と言わんばかりに強くお尻を打たれた。

「きゃあ!いたいっ!…ねぇ、せんせ待って」

計算でもなんでもなく、自然に涙が浮いて涙目でせんせいを見上げた。
身体が熱い。

せんせいはお尻叩きを止めてくれない。

「用がなければ来ちゃいけないって言ったのに。二人っきりにならないって言ってるのにこんなとこ来るし。
勉強に不要なものは持って来るわ。
何度言っても分からない子はこうなるんだよ」


えぇぇ。
なにそれぇ。
わたしが悪い子なのー?

せんせいに会いたかっただけなのに…。

あ、
なんか泣けてきた。
お尻は痛いし、せんせいには悪い子って言われるし。

しくしく泣けば、せんせいはわたしをゆっくりと抱き起した。
そうしてそっと膝から降ろす。

いたい。
おしり、いたい。
でも。
……なんか。

わたしは床にぺったりと座って泣いた。


「ほら。もう懲りただろ。俺は変態教師だから関わるんじゃない」

せんせいは言う。
自虐ぎみ。

…そうだよね。
ヘンタイかぁ。

……ヘンタイ。


「…せんせ」


わたしが呼ぶと、せんせいは息を呑むようにしてわたしを見た。

あ。
ちょっとびびってる。
かわいい。

あのね。
せんせい。

「なんか……、よかった」

素直な感想を伝えると、せんせいは「は?」と怪訝な表情をした。
うん。
自分でも、不思議。

「嬉しい、なんか。じんじんするけど、痛いけど、気持ちよかった」

パパにもママにも、こんな風に叱られたことない。
ずっとイイコだったから。

あれ。
なんだろう、本当に。


「先生。……どうしよう。なんかわたし変。…もっと先生のこと好きになった」


頬に血が巡る。
言っちゃった。
恥ずかしい。






――…今日も今日とて、わたしは理科準備室の扉を開く。

せんせいに会いに。
またあの気持ちを味わいに。


「せーんせ。ねぇ。…またお尻叩いて」


おねだりをすると、せんせいは必ず深い溜息を吐く。
それからわたしを受け入れてくれる。


「いいよ。…来い」


一生懸命に作ったチョコレートは、わたしを新しい世界へ連れて行ってくれた。






バレンタインのおはなし

そんなこんなで、 スパの世界に目覚める話でございます。

ちなみにpixivの方で先生目線を公開しております。
ご参考までに

2022.2.12

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