約 束
…そわそわして落ち着かない。
『約束』の時間まで、
あとどのくらい…?
*
…夜。
『約束』があった。
夕ごはんを食べて、風呂に入って。
『約束』があるから、どうにも落ち着かなくて。
動画配信を見ても全然楽しくなくて。
漫画アプリも開いたり閉じたり。
落ち着かなくて、
落ち着かなくて。
いっそ寝てしまおうか。
電気を消して寝入っていたら、どうなるかな。
いい案のように思えて、
電気を消してベッドに転がってみた。
…眠れないけれど。
23時。
夏用のタオルケットを頭までかぶって、
真っ暗な部屋の中、スマホで時刻を確認する。
…そろそろかな。
そう思ったら、やっぱり部屋のドアがノックされた。
「リュウ?」
父さんの声がして、ドアが開いた。
「…寝てるの?…起きなさい、『約束』だろ」
寝てたらどうなるんだろうって?
…答え。
起こされる、だな。
「…先に行ってるから。和室に来なさい」
呆れたように言われて、
辛うじて「うん」と小さく返事をした。
父さんの気配が遠ざかってから、オレはベッドから起き上がった。
少しでも時間を稼ぎたくてのろのろと動く。
…壁際に置いてある姿見が目に入った。
鏡に部屋着姿の自分が映る。
思わず尻を見て、ため息を吐いた。
*
意識してるなんて思われたくない。
怖がってると思われるのは絶対嫌だ。
なんでもない。
なんでもない。
自分に言い聞かせて、廊下を進む。
電気を付けずに階段を下りて、家の奥にある和室へ向かった。
*
和室の襖を開けると、
湿気を含んだ夏の熱気がじっとりと体を襲う。
和室にはエアコンがない。
その場しのぎのように扇風機が首を振って部屋の空気を回していた。
先に行ったはずの父さんの姿はなかった。
…どうしようか。
正座なんて、いかにもで恥ずかしいし。
体育座り?
足を投げ出して?
あぐら??
どこに座る?
色々考えて立ち尽くしている間に、スラリと襖が開いた。
振り返ると、父さんがいた。
「あぁ、思ったより早かったな。…これ、忘れて取りに行ってたんだ」
『これ』
父さんの手には、竹の物差し。
これから『オレ』に『痛み』を与えるもの。
「まぁ、とりあえず座って」
父さんは襖を閉めて、仏壇を背に奥の方へ座った。
いつも出してある座卓は壁に立てかけられていて、
8畳の和室が広々と目に映る。
…座れって、どこへ。
どういう風に。
迷ったけど、
意識しているのを悟られたくなくて、
正座とも胡坐とも取れない座り方をした。
「和室あっついな。リビングにしない?」
父さんは半分笑うように言った。
リビングならエアコンがつく。
「…やだよ」
和室は家の一番奥にあるし。
家族の部屋からも遠い。
「…リョウ、寝た?」
小学生の弟。
あいつにだけはバレたくない。
「寝たよ。電気消えてたし」
「母さんは?」
「うーん、…たぶん寝た」
…うそだ。
起きてるでしょ。
…でも、まぁしょうがない。
弟が寝たならいい。
オレはこれから、たぶんお仕置きされる。
父さんの横に置かれた竹の物差しで。
弟にだけはそんなこと知られたくなくて、
頼み込んで、こんな時間に伸ばしてもらった。
『約束』
*
「あー…、いつぶりかな。久しぶりだな、リュウを呼びだすの」
父さんは気まずそうに言った。
オレもだよ。
気まずいしかないよね。
つーか、やめない?
誰も幸せにならないじゃん。
「小5の頃だっけ?塾のあと夜遊びして帰って来なくて」
うん。
たぶん、あれ以来。
中2になってまでこうなるなんて思わなかった。
恥ずかしくてたまらない。
「…いいから。やるなら早くしてよ」
口を尖らせて言うと、父さんはやれやれと言ったように笑う。
「だな。…まぁ、一言」
父さんは、滅多に見ないものすごく真剣な表情をした。
怖い顔。
「真剣に働いている大人を馬鹿にするようなことはするな。…絶対に。二度とするな。
例えお前が主犯じゃないとしても、許さない。…いいな?約束しなさい」
真剣に怒られて、涙目になる。
「…はい」
唇を噛んで、耐えて。
素直に返事をする。
「笑いごとじゃ済まないからな。ちょっと痛い思いしなさい」
父さんは、横に置いた物差しを手に取る。
オレを真っ直ぐに見て、言った。
「尻出して、四つん這いになって」
嫌すぎる。
…嫌だけど、自分が悪い事したのは解ってて。
本当に反省してるし、二度としないし。
でも『これ』が終わらないと許されないのも解っている。
「……………。」
解っているけれど動けない。
時間だけが経つ。
「…リュウ?…父さん、無理やりお仕置きすればいい?」
首を振る。
わかってるよ。
…わかってる。
オレはゆっくりと膝立ちになる。
父さんに背中を向けて、部屋着のハーフパンツに指を掛ける。
ゴムに手を掛けるけどやっぱりためらう。
息を吸って、短く吐いて。
覚悟を決めて下着ごとハーフパンツを下ろした。
暑い室内。
尻を出した恥ずかしさに、顔まで熱くなる。
そのまま畳に手を付いて、四つん這い。
「四つん這い、じゃ打ちづらいな。リュウ、肘を畳に付いて」
…恥ずかしすぎる。
なんだよ、このカッコ。
「リュウ」
「……はい」
尻にぺちぺちと定規を当てられて、言われた通りにするしかない。
肘で体重を支えるようにすれば自然と尻が突き出るようになる。
エロ本とかで見るポーズ。
オレがやる方になるなんて。
「打つよ」
バシーっっ!
容赦なく定規が尻に振り下ろされた。
乾いた音が和室に響く。
「…………っつ!」
パシン!
パシーン!
肌を打つ音。
擬音で表現するならそんな音。
父さんは一定のリズムで定規を振り下ろし続けた。
十くらいで、数える余裕はなくなった。
くそ痛い。
手加減してよ。
「ぃ、…たい」
「そうだね。お仕置きだよ。二度としないように。痛みを覚えておきなさい」
弱まらない力で打たれ続けて、
我慢できなくなってきた。
「…ぅ、…ぅ、え」
一度涙が出れば止まらない。
「リュウ、お尻下がってる。ちゃんと上げて」
父さんは打つ手を止める。
尻に定規を当てながら言われて、首を振る。
無理。
無理、もう痛い。
「リュウ、お尻上げなさい」
やだ。
もういいじゃん。
もう充分じゃない?
「このくらいじゃ許してあげられない。早く戻しなさい」
冷たく言われて、涙が溢れる。
まだなんだ。
許してもらえない。
バチン!
逃げた尻をことさらに強く打たれて、諦める。
震えながら体勢を戻した。
パシーン!
パシ!
また尻打ちが始まる。
「…ひ、ぃた、い!痛いっっ、痛いいぃ!!」
弟が起きるから。
母さんに聞かれたくないから。
恥ずかしいから。
絶対に声を上げないで耐えようと思ったけど、無理だった。
「ごめ、…さい!も、…しない!」
パシーっっ!
「も、ぜって、…しない!から!」
謝っても聞き入れてもらえない。
限界。
…限界!
足に力が入らなくなって、膝が崩れる。
ぺたりと正座するようにふくらはぎに尻を付ける。
「…リュウ」
汗ばむ額を腕にうずめて。
汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を畳に付けるようにして泣いた。
「休憩する?」
仕方ないなとでも言うように言われて、震える。
「きゅう、…けい。………まだ叩く?」
「うん」
「どのくらい…?」
「あと半分かな」
「………っ」
「リュウ、自分のした事考えてみて。…このくらいで許される?」
…自分のした事。
夏休み。
暇を持て余した友だちと、嘘の110番通報して逃げた。
警察と鬼ごっこ。
言い出したのはオレじゃないし、ほとんどそこに居ただけのようなものだけど。
止めようともしなかったし、
少しだけ楽しいと思ったのも本当で…。
小さく縮こまったままで、首を振った。
尻が痛い。
じんじん、じんじん痛む。
暑い室内で、尻だけ火が付いたようにもっと熱い。
手を伸ばして尻に触れれば、
いくつかみみず腫れになっているのが分かった。
熱くて灼けるように痛い。
それでも。
覚悟を決めて、尻を上げる。
泣きじゃくる様子を見て、父さんは聞いた。
「…いいの?続き受けられる?」
頷く。
それを了解として、尻に定規が当てられた。
「じゃあ、しっかり反省して」
言葉と共に、尻から定規が離れて振り下ろされる。
乾いた音が響いて、尻に痛みが走る。
あと半分って…。
無理なんだけど。
泣きじゃくりながら、オレは仕置きに耐えた…―――。
*
「リュウ、最後」
永遠に続くんじゃないかと思った頃、そんな言葉が聞こえて。
パァァン!!
一際大きな音が響く。
最後は平手。
音響くからやめてって言ったのに!
でも、もう文句なんか言える体力なくて。
泣きじゃくって、全身で息をしながらうずくまる。
うずくまっていたら、父さんに無言で頭を撫でられて。
触んなって振り払った。
そうしたら、父さんはそのまま和室から出て行った。
…放置?
それはそれで傷つく。
扇風機のぬるい風に当たりながら痛みに耐えた。
そのうち父さんが戻って来て、手元が陰る。
無言でタオルを渡されて、
それを受け取って、汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を拭いた。
「水分も取れ。そんなに出したら干からびるよ」
目の前に500ミリペットのスポーツドリンクを置かれる。
恥ずかしくて動けなくて、首を振る。
「尻冷やす?」
目の前に冷気を感じる絞って凍らせたタオルが置かれた。
こんなの準備するの母さんでしょ。
見通されすぎて羞恥しか感じない。
もう半ば意地だ。
首を振る。
「イヤイヤ期か。恥ずかしいならもう行くよ。リュウも落ち着いたら寝な。暑いぞここ」
最後に頭を撫でられて頷く。
和室を出て行く父さんの背に声を掛ける。
「…父さん」
久し振りに呼んだ気がする。
父さんが振り返る気配がした。
「ごめんなさい」
恥ずかしくて顔は見れないけれど、素直に伝えた。
「うん。…早く寝ろよ」
多分、優しく笑ってたと思う。
見てないけど。
多分。
*
…和室の襖が閉められて、一人になった。
「あぁーっ、くっそ痛ってぇ!」
一人呻いて、
恥ずかしさに悶絶して、
オレの『約束』の夜は更けていく……――――。
夜中に秘密のお仕置き。
思春期ど真ん中な男の子でした!
恥ずかしいよねw
このくらいの年齢のキーが好みです(真顔)
2020.8.16
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